グローバルランゲージ(地球語)としての平和会議記録と補遺

ハーグ平和アピール平和教育地球キャンペーンからの提言

淺川 和也    (東海学園大学人文学部)    kasan@mac.com
Kathy 松井    (清泉女子大学)    matsuikathy@hotmail.com


Abstract


In May 1999, the Hague Appeal for Peace conference was held and the Hague Agenda for Peace and Justice for the 21st Century to Abolish War was adopted. To realize this ideal, several initiatives were taken after the conference. Among them was the Global Campaign for Peace Education (GCPE). This campaign seeks to promote networking among peace educators, and establish regional peace education centers that will promote comprehensive peace education. It also advocates the inclusion of peace education in teachers training programs.
Since World War II teachers in Japan have developed a great number of peace education materials and lessons. However, they are often inadequately linked to the other resources in the world. The GCPE is an attempt to develop a peace education in Japan to and link it with worldwide peace education resources.

キーワード: 平和教育,ハーグ平和アピール,ハーグ・アジェンダ、国際共同

1. はじめに


ユネスコ憲章が「戦争は人の心の中で生れるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」とするように第二次世界大戦後,国際社会は平和を実現するための教育施策を提言してきた。1974年の「国際理解,国際協力及び国際平和のための教育並びに人権及び基本的自由についての教育」勧告(「国際教育勧告」),1994年「平和・人権・民主主義のための教育」宣言がだされているものの、教育は国策の根幹であり、国家の壁はあつく、各国政府による取り組みは不十分である。しかも教育が戦争を賛美し,人々を戦争に駆り立てる役目を教育が担うというのは過去のことではない。
1999年5月,1899年の第1回ハーグ国際平和会議100周年を記念し,ハーグ平和アピール世界市民平和会議(略称=ハーグ平和市民会議, Hague Appeal for Peace Conference)がひらかれるなかで平和教育が重要だとされ,ハーグ平和アピール平和教育地球キャンペーン(Peace Global Campaign for Peace Education)がはじめられることになる。ハーグ平和アピール平和教育地球キャンペーンは,市民による取り組みだが,平和教育を学校教育において必修化すること,平和教育への公的な取り組み,研究機関をつくることを提言している。
グローバルな課題として環境,人権,開発,平和の4つの領域があるといわれるが,人権宣言を基調とする人権概念にもとづく国際社会の動きは,男女共同参画をはじめとし着実に成果をあげ,もはや後戻りはできるものではない。地球環境や開発の問題も同様である。平和の課題に対して,市民によるハーグ平和アピール平和教育地球キャンペーンのような国際共同に連携することが重要だと思われる。

[ p. 102 ]

2.ハーグ平和アピール(HAP)


1999年5月,1899年の第1回ハーグ国際平和会議100周年を記念してハーグ平和アピール世界市民平和会議(略称=ハーグ平和市民会議)がひらかれた。この会議には世界中から1万人もの人々が集まり,「21世紀への平和と正義のための課題」(ハーグアジェンダ)が採択された。ハーグ平和市民会議を準備したのは,「反核医師の会」「国際反核法律家協会」,「IPB(インターナショナル・ピース・ビューロー)」と「世界連邦運動」という4つの国際NGOであった。ハーグ平和市民会議にむけて日本では,HAPジャパン(ハーグアピール日本連絡会)が組織され,幅広い層からの参加で準備された。平和運動ばかりではないが,さまざまな市民運動が垣根をこえて共同できない現状があるなか,ハーグ平和市民会議を契機とし国際共同が可能となり,以降も定例会議(日本ハーグ平和アピール運動)が持たれていたことは画期的なことであったといえよう。ハーグ平和市民会議は「21世紀への平和と正義のための課題」(ハーグ・アジェンダ) *註1 )として50の項目を提起し,現在は次の12の取り組みと連携し,運動を継続している。

小火器に関する国際行動ネットワーク: International Action Network on Small Arms (IANSA)
平和教育地球キャンペーン:Global Campaign for Peace Education
国際刑事裁判所規程批准キャンペーン:Global Ratification Campaign for the International Criminal Court
地雷禁止国際キャンペーン:International Campaign to Ban Landmines
核兵器禁止:Abolition of Nuclear Weapons
少年兵の使用禁止:Stop the Use of Child Soldiers
戦争防止世界行動:Global Action to Prevent War
平和構築における女性:Women in Peace Building
ジェノサイド根絶キャンペー ン:Campaign to End Genocide
劣化ウラン兵器禁止:Global Ban on Depleted Uranium Weapons
軍縮とグローバリゼーション国際ネットワーク:The International Network on Disarmament and Globalization
経済正義のための貧困者国際キャンペーン:A Call for an International Poor Peoples Campaign for Economic Justice

ハーグ・アジェンダの50項目のうちの冒頭が平和教育である。これら50項目は「戦争の根本的原因/平和の文化」「国際人道法及び国際人権法並びにその制度」「暴力的紛争の防止」「解決及び転換,・軍縮及び人間の安全保障」の4つの柱にたばねられる。最初にある「戦争の根本的原因/平和の文化」は,最後おかれていたのが討議の中で逆の順序になったということ,そして平和教育が50項目の最初に置かれたことは教育の重要性を暗に示しているものと思われる。
ハーグ平和市民会議という国際市民社会の動き,また。2000年の国連「平和の文化国際年」は,平和教育にあらたな意義づけを行う契機になるのではなかろうか。ハーグ・アジェンダの第一項目は次のとおり *註2):
平和、人権及び民主主義のための教育を実施すること
 私たちの社会に蔓延している暴力の文化と対峙するためには、次の世代が抜本的に現在とは異なる教育、即ち戦争を美化する教育ではなく、平和、非暴力及び国際協力をめざす教育を受ける必要があります。「ハ−グ平和アピ−ル」は、あらゆる階層の人々に、調停、紛争の平和的転換、コンセンサスの醸成及び非暴力による社会変革をもたらす平和創造のすべを与える世界的な運動の発足を求めております。
この運動は:
・平和教育が、教育制度のあらゆる段階において必修科目とされるよう主張します。
・教育省庁が、地方及び国家規模での平和教育に関するイニシアチブを体系的に実施することを要求します。
・教員養成及び教材作成の一環として平和教育を促進するための開発援助機関を要求します。
2001年以降は国連「世界の子どもたちのための平和と非暴力の文化国際10年」とされ,行動計画も提起されている。また,1992年の国連環境開発会議(地球サミット)から10年,持続可能な開発に関する会議(ヨハネスブルグ・サミット) 以降「持続可能な開発のための教育10年」 *註3)を2005年から取り組むという動きがある。日本での平和教育は,現在,さまざまな経過から問題をかかえているが,このような国際的な動きに呼応する必要がある。

[ p. 103 ]

3.ハーグアピール平和教育地球キャンペーン

このような目的のもとに,ハーグアピール平和教育地球キャンペーンが組織され,運営はジュネーブに本部があるIPB(International Peace Bureau - IPB)とNYのHague Appeal for Peace事務所が共同であたっている。民間での活動で平和教育のプログラムをつくり,ひろめていこうというものだ。日本では事務局が清泉女子大学地球市民学科に置かれている。
コロンビア大学のチームを中心に平和教育のカリキュラムが収集され,教師むけの Teaching to Abolish War というリソースパケットがつくられた。パケットは次の3分冊からなっている *註4)。
    Book 1. Rationale for and Approach to Peace Education.
    Book 2. Sample Learning Units. 
    Book 3. Sustaining Global Campaign for Peace Education; Tools for Participation.
Book 2 の Sample Learning Units には具体的な授業案や教材が収められ,現場で活用できるものになっている。また,Book 3 には教員養成や教師研修のためのプログラムも所収されている。これらをもとに教員養成や教師研修において平和教育を実施するように呼びかけられている。さらに大学における研究の促進,例えば,中東や欧州において大学間共同をすすめることもはじまっている。
Book 3 には平和教育をすすめる団体の各国別リストがあるが,日本にあるのはピースボートと清泉女子大学地球市民学科のみである。別のセクションにあるキャンペーンの支持団体の1つにInternational Peace Research Association,IPRA (Japan) がある。現在のIPRA(国際平和研究学会)事務長が児玉克哉(三重大学)であることから日本に入ったのであろう。いずれにしろ,日本の平和教育の蓄積が世界に知られていないのではないかと思えてくる。学会のみならず,民間の平和運動もノンフォーマルな教育機能を持つものであり,平和博物館なども平和教育の成果として世界に知られてよい。おそらく,言葉の壁が国際共同のさまたげになっているのであろうが,国際社会の動向と国内の動きを相互に反映させることが急務である。

4. 包括的平和教育


ハーグ平和アピール平和教育地球キャンペーンを担っている研究者の一人がベティ・リアドン(Betty・Reardon,コロンビア大学ティーチャーズカレッジ)である。しばしば来日しているが,平和研究や国際政治学でのかかわりが主で現場教師との実践・研究の交流はあまりなかったようだ。著書・論文の翻訳が手に入らないので,リアドンらがすすめる包括的平和教育は現場教師の間に知られていないように思われる。
日本の平和教育は,一般に戦争の悲惨さを教えること,とくにヒロシマ・ナガサキの被爆体験を教えることを中心にすすめられてきたのが特徴であるといっても過言ではない。それに対して包括的平和教育は内面的な平和や対人関係における紛争の解決,人権,貧困の解決などきわめて幅のひろいもので,90年代に日本に紹介されたグローバル教育とも類似している。
リアドンは来日の際に,ジェンダーとエコロジーが平和教育の根幹であると述べたが *註5),なかでもその中核にジェンダーの視点をおいている *註6)。1995年の第4回世界女性会議においてユネスコは女性の平和の文化への貢献について文書を出し,女性と平和の文化プログラムを(Women and a Culture of Peace Program, WCP)を1996年に創設した。リアドンによれば戦争はジェンダーステレオタイプをつよめ,利用し,再生産し,女性への暴力を引き起こすことから,ジェンダーの視点から平和構築を目指すことが重要であり、また、ジェンダーはより日常的なので,根源的な課題でもあるとされる。
リアドンらは,毎年夏にIIPE(国際平和研究所)のセミナー主催し、20年来、続けているが, IIPEにしばしば参加しているトー・スイヒン(Toh, Swee-Hin,アルバータ大学)は平和教育を貧困と途上国に軍事化に対峙するものと位置づけている *註7)。その意味では開発教育との方向性を一つにする。トーはフィリピン・ミンダナオでの非暴力トレーニングの実績もあり,ユネスコ平和教育賞を200年に受賞した。
このようなジェンダーや開発をめぐる問題は平和教育とも関連がふかい。平和教育の固有性とは何かという課題はあるが、戦争の悲惨さを教える平和教育から、包括的平和教育への転換が必要だ。

[ p. 104 ]

5. おわりに


ハーグ平和アピール平和教育地球キャンペーンとの国際共同によって,日本の平和教育の実践の蓄積を国際的に検証する契機となるのであろう。現状を見るとアドボカシー(政策提言)どころか,日本の教育施策のなかに平和教育を位置づけるように行政に働きかけたとしても,実現はきわめて困難である。逆に,ユネスコをはじめとする国際的な流れや2002年のヨハネスブルグ会議以降の「持続可能な開発のための教育」の動きをみることにより,平和教育をより広い意味で再評価することができるのではないかと思う。ハーグ平和アピール平和教育地球キャンペーンは,まだはじまったばかりであり,内容のあるものとするには平和研究と平和教育,そして平和運動を統合していく必要があろう。Learning to Abolish War にあるサンプルユニットのフィードバックも求められている。ひろく実践の交流が行われ,地域に根ざしたカリキュラムを持ち寄ることで,より豊かなものになるであろう。平和の構築活動の一貫として教育の役割は大きい。

註:

1), 2) ハーグ・アジェンダは浦田賢治(早稲田大学)訳による。
3) WSSD(持続可能な開発のための世界サミット)にヨハネスブルグ・サミット提言フォーラムが有志によって組織された。
4) Hague Appeal for Peace, IWTC 777 UN Plaza, New York, NY 10017 USA に注文する。
5) 淺川 和也 「平和教育とジェンダー」(『新英語教育』2002, 8月,三友社出版 pp. 17 - 18)。
6) Reardon, B. (2001). Education for a Culture of Peace in a Gender Perspective. New York: UNESCO Publishing.
7) Toh, S. H. (2000 Dec.). Flowing from the roots: an educational journey toward a culture of peace. Int. Journal of Curriculum and Instruction, 2 (1) pp. 11-31.

参照ウェブサイト:

Hague Appeal for Peace Inc. (2003). Hague Appeal for Peace. [Online]. www.haguepeace.org/. (12 Feb. 2003).
Asakawa Kazuya. (2003). Hague Appeal for Peace. [Online]. www.sainet.or.jp/~kasa/peaceed.html. (12 Feb. 2003).

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