グローバルランゲージ(地球語)としての平和会議記録と補遺

「英語の授業における平和教育と新英研の役割」

池田真澄    (都立拝島高校)    菊地恵子    (大東文化大学他)   


概要


新英語教育研究会(新英研)は、40年あまりの歴史をもつ民間教育研究団体である。 ここでは、新英研とは何か、その目的・活動を、全国大会や分科会、また教材などの 出版物とともに紹介する。また、9.11後のアフガニスタンへの戦争反対のスローガン を用いた教室実践とその広がりについても述べる。

キーワード: 新英研、NETA(新英語教育研究会)、平和教育、教師による自主教材、内容重視、 生徒の自己表現

はじめに--英語の授業でなぜ平和をあつかうのか

 この発表は、次の詩の朗読から始められた。

親愛なる先生方へ

私は強制収容所の生存者です。 私の目は、人間が目撃してはいけないものを見てしまいました。 学問のある技師たちが作ったガス室。 教育のある医者たちに毒殺された子どもたち。 訓練を受けた看護婦に殺された幼児たち。 高校や大学出の人たちに撃たれ焼かれた女の人や赤ん坊たち。 だから私は教育に疑いを持っています。 先生方にお願いがあります。 生徒たちが人間的になれるよう援助してあげてください。 みなさんの努力によって、 学問のある怪物や熟練した精神異常者や教育のあるアイヒマンが 生み出されるようなことは、絶対あってはなりません。 読み、書き、算盤は、 それらが子どもたちをより人間的にするときにのみ、 大切なものになるのですから。
(池田・菊地訳)

 この詩は、グローバル教育の先駆者の一人デビッド・セルビー博士のセミナーのなか で、私たちに紹介された。英国での教員研修のあいまに黒板に書かれていた詩だそう で、作者は不明という。*
 まずこの詩を取りあげたのは、知識と人格の分離は悲劇的な結果になること、知識は 子供たちをより人間的にさせてこそ、大きな意義があるということを示すためだ。私た ちは、学校教育の課程には、教科教育と平和教育が統合されるべきだと考えている。

[ p. 90 ]


1.新英研とは

 新英研、すなわち新英語教育研究会 (New English Teachers' Association)とは、 教員による自主的な英語教育研究団体である。1959年に平和と民主主義、自由と正義、 そして幸福の追求という日本国憲法の理想に啓発されて発足した。「なぜ外国語を 教えるのか」「なにをどう教えるのか」を大切にしながら,創造的で生きいきとし た授業実践をめざす研究会である。現在では全国すべての都道府県に支部やサーク ルがあり、日常的に交流や研究をすすめている。
 新英研がめざすことは、外国語教育の目的を明らかにし、民主主義に基づいた新た な英語教育を創造し発展させることである。新英研の教師たちは、すべての生徒が一定 の英語の学力をつけて、地球的な視野をもった市民になってほしいとねがっている。 国際理解つまり地球的な問題への気づきが、世界平和につながっていくと信じるからだ。
 新英研の教師たちは、生徒たちが何につまづき、どんな要求を持っているのか、常に 大切に考慮してきた。そして地域に根ざし、かつ地球的な視野をもった授業実践や研究、 仲間とのディスカッションなどを通して、適切な教材、教授法を創造してきた。
 生徒たちが英語の学習を自らの実生活と結びつけることができるように、そして人々と ともによりよい世界をつくっていけるように、その手助けをしたいと考えている。

1.1 授業実践のなかから私たちは、広い意味での平和に関する内容のある教材こそが、生徒 の心を動かし、考えさせ、自己表現へと導き、そしてより一層学びたいという意欲を引き出す ことに気づいた。試行錯誤のなかから、教師自身の手による教材も開発し、出版してきた。 その中には、旧文部省検定済・高校英語教科書「『ワールド』『コスモス』『アトラス』『ベトナムのダーちゃん』『はだしのゲン』『世界遺産』『Beyond 'Silent Spring' (レイチェ ル・カーソン)』『杉原千畝の物語』『アンニョン・コリア』(すべて三友社出版)などの 副教材も含まれる。

1.2 教材だけではなく、学習者中心の教授方法も開発してきている。なかでも、英語による 「自己表現」は生徒自身の考え、意見を表現することの大切さを強調するものであり、新英研は早くからその有効性に気づき、広めてきた。また同様に新英研の教師によって広く取り 入れられている協同学習による学習集団づくりは、生徒の授業への積極的な参加を促すことが 実証されている。

1.3 平和教育と英語教育を統合した様々な実践の報告も行われてきた。1980年代には、 外国人旅行者への「ピース・メッセージ」活動が紹介され、各国首脳への「ピース・レター」 教室での「ピース・スピーチ」や学園祭における「Peace Declaration(平和宣言)」なども 実践された。90年代になると、人権や少数民族、環境等にかかわる問題や、開発教育、グロ ーバル教育などが今までにまして盛んに取り上げられるようになった。
 現在では多くの新英研教師たちが、手紙やカード、Eメールでの国際交流を教室から実践し、また世界的なライフ・リンクの活動にも参加している。(参照:管報告)

1.4 新英研の機関誌、雑誌『新英語教育』(月刊)は、私たち会員の手によって編集され、 三友社出版から発行されている。全国で行われている実践や研究をすばやく全国の読者に紹介 し、また生徒の作品研究などもあり、すぐ授業に役立つ内容である。現代の教育問題を掘り 下げた記事も掲載される。特集テーマも現場の要求にあったものを取り上げている。
この雑誌は、会員になると毎月郵送される。詳しくは、ホームページを。

[ p. 91 ]

2.大会の紹介 10の分科会

 1964年以来、毎年夏に新英研の全国大会が開かれている。また、北海道から九州まで の各地域ブロックにおいても、毎年、地域での研究集会が行われている。新英研には以下 のような10の分科会があり、全国大会では分科会ごとに活発な論議がかわされ、1年間の 実践研究の集大成をする。

(1) 教科書・自主教材をどう検討し、どう扱うか

 教科書批判とともに教科書の創造的な扱い方を交流する。また、なぜ自主教材を使 うのか、すぐれた教材とは何なのかを授業をもとにして明らかにする。

(2) 読みとりの力をどう高めるか

 教材の何をどう読みとらせていくのか、生徒が感動するとはどういうことなのか、優 れた教材をどう読み、どう自己表現に発展させるかを明らかにする。

(3) 英文法をどう考え、どう教えるか

 外国語としてことばを学ぶには、文法をきちんと位置づけることが大切。単なる文法 知識のつめ込みや暗記ではなく、英文法をどう考え、どう教えるかを探究する。

(4) 音声を重視して,どう教えるか

 言語を修得する上で大きな力となる音声をどうとらえ、どう教えるかを明らかにする。 内容ある教材をもとに、聞き取り、朗読、群読、暗唱などに取り組む活気に満ちた 子どもたちの学習活動や実践を出し合う。

(5) どんな学力をめざし、どう評価するか

 英語の学力とは何なのか、確かな学力と豊かな人格形成の統一をめざして、授業その もののあり方や、到達度評価を含め、子どもたちを励ます評価とは何かを論議する。

(6) 仲間と学び、自ら学ぶ力をどうつけるか

 子どもたちに「自ら学ぶ」力をつけることを基本に、みなでつくる英語の授業はどう あるべきか、入門期の指導、教材と集団、授業の形態、教科通信、学校行事と授業の 結びつき等も話し合う。

(7)「おくれがちな子」をどう生きいきさせるか

 「おくれがち」と思われていた子どもが、すぐれた教材や授業に出会い、自ら学習に 立ち上がった例などを学び合いながら、低学力の本質とその克服の展望を明らかにする。

(8) 表現力、特に自己表現の力をどう広げ、どう高めるか

 「英会話」「英作文」を越えた真のコミュニケ−ションとは何かを明らかにしつつ、 実生活に結びついた真実を語りあう中で、民主的人格と学習集団を育てる自己表現の授業 について学び合う。

(9) 平和・環境・人権教育をどうすすめるか

 新英研は、一貫して平和の課題を英語教育の目標と内容に位置づけてきた。今日、平和は 単に戦争がない状態だけでなく、貧困や飢え・環境破壊・差別や暴力に苦しまずにすむ真の 命の尊重を意味する。生徒の心をゆさぶり、学習に立ちあがらせ、生きることに真剣に目を 向けさせる教材と教育方法は何か、外国語教育を通した平和のための教育を考える。

(10)外国人講師との授業

 ネイティブスピ−カ−との授業のあり方を追求する。教材作り、ティ−ムティ−チ ング、テスト、評価、課外授業等について、総合的に研究・実践を深めていく。 現行制度の問題点も話し合う。

[ p. 92 ]

3.9.11テロとアフガニスタン報復についての授業

 ニューヨークへの9.11テロは世界に衝撃を与えた。誰もこのテロを正当化すること はできない。しかしアメリカ軍は報復のためにアフガニスタンの無実の人びとを攻撃 した。その攻撃による死者は、NYテロの被害者数を上回った。その被害者の多くは 国外に脱出するお金のない貧しい人びとであった。NYテロのショックの結果多くのア メリカ人がブッシュの報復戦争を支持したが、そうは考えず報復に反対する人びとも いた。あるホームページはこれらの集会でのスローガンを集めていた。
                  戦争は答にならない。
                  私たちの悲しみは戦争を求めていない。
                  戦争をしても愛する者が帰ってくるわけではない。
                  ..............................

3.1 このような英文はとても簡潔でわかりやすく、様々な活用ができると思われ、 授業でもとても役立つと考えた。新英研メーリングリストにこの内容を紹介した ところ、この教材は全国に広がっていった。そして短い間に、全国30以上の中学 校・高校・大学に、この教材を使った実践が広がった。
 しかも実践は次々と工夫が積み重ねられた。時間配分や生徒の力を考慮して10 から60のスローガンを抜き出し、その中から気に入ったもの3つを選ばせたり、 好きな もの嫌いなものでダイアモンドランキングを行う、などの手だてをする等。 また、アフガニスタンの写真やスライドを使って現状や背景を学んだり、この戦争 についての意見を書かせた実践もある。書いた英文は英語通信に載せてクラスで読み あったり、書いた手紙をブッシュ大統領に送る、などの展開もある。


3.2 以下は、私(池田)の生徒の書いた意見である。
     *  戦争はいけないと思うが、悲しみは首謀者の死がないと治まるものじゃないと思 う。
     *「戦争がいけない」と一方的に見るのは身内を殺された人は嫌だと思う。でも戦争は意味がないと思う。
                 (*は戦争をやや肯定する意見)
3.3 この実践の後、アメリカ人の友人から米国のある高校の生徒たちによる宣言文を紹介 された。それは以下に抜粋するように、テロへの報復ではなく平和的な解決法を希求する 想いを力強く述べた感動的な文章だ。私はこれも英語の時間に生徒たちに紹介した。

世界の市民のみなさん、

   私たち新世代の者たちは、世界中のみなさんに、ここ合衆国での多くの人たちの考えや意見、気持ちを表し、私たちの視点をお伝えするためにこの手紙を書いています。
   今回の悲劇に対する私たちの指導者たちの行動が、ここに住む多くの人たちの気持ちとは大きな対照をなしていることを、どうか知ってほしいのです。    私たちは2年前に、「戦争のない世界・持続可能な環境ヘイゼル・ウルフ高校」というたれ幕をつくりました。9月11日に私たちは、その幕を再び学校の外に掲げました。 9.11の悲劇に対して、真に平和的な方法で対処するべきだと信じるからです。.................
   9.11はテロであり、犯罪です。それに対して、憎しみに盲目にされることなく、報復ではなく愛で報いて世界を驚かせようではありませんか。平和へのカギは、相互理解にあるはずです。

  ヘイゼル・ウルフ高校生徒   2001年9月27日   (菊地訳 全文は英文を参照)


[ p. 93 ]

4.  まとめ

 9.11の衝撃的な事実の前に、どのような平和実践も無駄ではないか、という悩みをもった 教師も実は多かった。そのような私たちは、生徒たちの自己表現によって逆に励まされたのだ。 ほとんどは、戦争を否定する率直な声だった。戦争を肯定する声も聞かれたが、少数派であった。 もちろんそうした声も尊重し、本音で話し合える環境づくりは、困難だが大切なことだ。
 現在世界に起こっている出来事にたいする生徒たちの真摯な声を共有することのできる教室は 貴重である。外国語の授業では、世界中のさまざまな地域の人々と、そうした率直な声の交換 を試みることができるという利点がある。新英研はまた、欧米一辺倒を脱し、アジア・アフリカ・ 南アメリカ等を視野に入れた広い世界とつながるための外国語教育を、という視点をもってきた。 新英語教育誌にも、「世界の国々」という各国の社会や教育を簡潔に英語で紹介する連載記事が あり、好評を得ている。
 現在、英語教育をめぐって様々な論議があり、政策や方針が出されている。その多くは、 経済の「グローバル化」のもと、「英語が使える日本人育成のための戦略構想」(文部科学省) に見られるように、能力主義や実用主義へと大きく傾いている。一部の英語が使えるエリートの 育成と一般の英語教育の分離、外国語教育の英語教育への矮小化などは、すべての生徒の学力を 保証しようという教育基本法の理念から離れるものだ。「改革」の名のもとに、よりいっそう競争 が激化され、人々の序列化が図られようとしている。また、英語週3時間体制や絶対評価導入による あまりにも細かい評価規準作成の強制など、教師の多忙化がすすみ、さらに研修権の制限もなされ ようとしていて、大きな問題である。
 新英研は一貫して、人間教育としての外国語教育をうたってきた。また、時間のかかる言語の 学習には内的動機づけも不可欠である。新英研の実践のキーワードをまとめると、1)内容の ある教材・生徒が身近に感じられる自主教材 2)学習集団 3)自己表現 4)平和・人権・ 環境が挙げられる。これらがすべてが有機的に結びついて実践される時に、外国語教育は 真に人間的なものになるのではないだろうか。新英研の教師たちの1980年代後半までの実践・ 研究の集大成として『新英語教育講座』全20巻が出版されているので、ぜひ参考にしていただけ たらと願う。
 教育にたずさわる教師も、ともすると一人独りになりがちである。一人になって悩み、一人で解決 しようとする。しかし一人でぶつかっていっても大したことはできない。やはり仲間が必要である。 そのような要求に答えてくれるのが新英研なのだ。


*(この詩については後に、Haim Ginot著のTeacher and Child (1972) が出典、との情報を以下に見いだした。 http://www.bnaibrith.ca/league/hh-teachers/guide02.html)


参考文献

國弘正雄総監修, 新英語教育講座編集委員会編集(1987)『新英語教育講座ーその理論・実践・技術』  全20巻 三友社出版

グラハム・パイク, デヴィッド・セルビー共著 中川貴代子監修・阿久澤麻理子訳(1997) 『地球市民を育む学習』明石書店

Hazel Wolf High School Student Council. (2001, Sept. 27). An Open Letter to the World. (tr. Kikuchi, I).




新英研のホームページ(大会等に関してもここからリンクしています) http://www.shiramizu.org/~sineiken/

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